美鈴/Misuzuからのメッセージ 【俺の残りの命を、お前にやるよ。大事に使うんだぞ・・・2】
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【俺の残りの命を、お前にやるよ。大事に使うんだぞ・・・2】


 

私は、慰霊碑の前に立って、花を置きました。

祝詞を挙げて「回天」にて、この土地を・先祖を・私達を命懸けで守って下さった

特攻隊員の方々に、感謝し、皆様に恥じない生き方をしていきたいと思っております。

皆様の魂が、浄化・向上されますことを心よりお祈り申し上げます。」と、合掌しました。




その直後、海側から突風がふき、金縛り状態に・・・。

そして、たくさんの魂が私の周りに集まって、風に乗って空へ登っていきました。

その時、私は5人の特攻隊員の方の笑顔と、声を聞きました。




「どうせ駄目なら特攻などせずに、降伏するまで待てば良かったのに・・・」と、

いう言う人がいます。しかし、戦士とは最善を尽くして戦うべきものです。

我々は、最善を尽くして敵と戦うための軍人でした。しかも、「回天」という武器が

ある以上、それを駆使して戦うのが務めです。それ以上は考えてはいません。

戦争の終結は政治の問題でした。」




「我々は、戦争指揮者から、悲惨な命令を押し付けられて、

嫌々死んでいったのではありません。(俺たちの事を悲しんでくれよ!)

なんて思っていない。目の前に危殆に瀕した家族や両親の生があるのです。

私達に選択の余裕など無かった。敵の無差別爆撃が日本各地に行われ、

自分達の同胞が無抵抗で大量に惨殺されていって、次は、自分の親だと

言われれば、全力で敵に立ち向かおうとはしませんか?」




「平和な今の時代でも、危険にある人を見た瞬間、助けたいととっさに人は

思います。他より侵するものがあれば、守るのは「自然の命ずる行為」でしょう。」




など、たくさんのメッセージと当時の映像を見せて頂きました。

そして、何とも温かく逞しいエネルギーを与えられ、涙が溢れてきました。

同時に見せられた映像の中には、それぞれの家族との別れの映像、

彼らが一番愛したもの、思い出、願い・・・が、ありました。




○昭和20年2月・・・硫黄島に米軍上陸。

○昭和20年3月・・・B29、325機による東京大空襲。

○昭和20年4月1日・・・沖縄に米軍上陸。そして・・・、●昭和20年11月1日

●米軍統合参謀本部は、日本本土への侵攻として、西から島伝いを決定し、

九州南部に上陸するという「オリンピック作戦」を、米国大統領が承諾していました。




彼らは、衝動的感情ではなく、命令に従い嫌々ではなく、これによって家族や故郷が

救えるのだという、考えた末の納得と、自分の命を最も効果的に活用するための

長い訓練の後の決行だったのです。




この大戦で7000人以上に及ぶ若い人達が、特攻隊員となって散花しました。

しかし、今では「特攻」に参加した彼らに共感どころか理解も出来ない日本人が

多くなっています。




「特攻」は、「自殺」ではありません。

そして、事実を歪曲し、正しく伝えないマスコミがあります。

戦後のマスコミや文化人の、彼らに対する評価は、あまりにも低いところに

ありすぎました。




祖母は言います。

「私は、兄さんに命を分けて貰った。兄さんの死は、決して意味の無いものでは

無かった。それを証拠に、この土地の人間は、四季豊かな国を愛し、山河を愛して、

ここまで平和に生きてこれた。」と・・・。




・・・・私達は、彼らに恥ずかしくない生き方をしているのでしょうか・・・。




5月12日(2007年)に、「俺は、君のためにこそ死にに行く」という、映画が

放映されます。私の知っている土地が舞台となって撮影された映画です。

さて、そこには、ちゃんと真実があるのか?




・・・・期待しています。

 

 

 


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