「愛」の正反対は「無関心」
■本日の【金の魂語】(きんのたまご)20260729
人間が、便利や快適さを求めて作った物、使ってる物が原因で…命を落とす。
やはり、自然災害や天災ではなく…人災なのですよね。
津波も、あんなにヘドロが海底に堆積していなければ…波に飲まれてしまっても助かる命は多かったことでしょう。
やっぱり…人災…。
暑さが心配です。
しかし、この温暖化も…
人が招いたこと。
「だとしても、なぜ…自然を壊したり便利な物を販売したりして利益を得ていない、普通に暮らす人たちが犠牲になってしまうのか?」
そうなんです。
そのように普通に暮らしている人は、パックに入って売られているお肉や
加工されたお肉、綺麗に捌かれたお魚や綺麗なお野菜を買って食し、
蛇口をひねれば水が飲めて、ボタンを押せば火を使えて、動かなくてもリモコン「ピッ」で、お部屋が冷えて、
電氣も当たり前のように使用できて、スマホやPCを使用して…蚕を飼育しなくても着る服には困りません。
その上流にあるのは、全て『自然』です。
熊本も、半導体工場や最終処分場などの誘致で、土や水を汚すことがなければ…このようなことになっていたのか?色々と考えさせられます。
どうでしょう?普通に生活していた人は、このようなことに関心を向けていたでしょうか?
便利な物の源流は?その代償は?「無関心」だったのではないでしょうか?。
それで利益を得た人たちは、「お客さまへより良い暮らしを提供したい」という動機があったのかも知れません。
しかし、そこで国民が「自然を壊してまでそんな物要りませんよ。」と言えていたらどうだったでしょうか?
実は、消費者とされる国民には、誰よりも何よりも「力」があります。
国民が興味を示さなければその物は売れませんし、需要がなければ企業の利益には繋がりません。
「愛」の正反対は、「無関心」です。
そう…『ただ、私は…普通に何不自由なく生活できればそれで幸せ』と言う「利己愛主義」な「無関心」こそが、最大の『悪』となるのです。
国民皆が…考えなくてはならない…
天災が、“考える機会を与えてくださっている”と、考えなくてはなりません。
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